西村陽一郎先生インタビュー

2012年10月31日 | category: Teaching Staff


写真専攻だけでなく専門領域を越えて開講されているハイブリッド科目(写真 Ⅰ・Ⅱ)の講師、西村陽一郎先生の写真展「青い花」が、2012年10月9日(火)〜10月27日(土)六本木・ZEN FOTO GALLERYにて開催されました。写真展会場にて、お話をうかがいました。

◉ 西村陽一郎
1967年東京都生まれ。美学校で写真を学び、1990年に独立。モノクロのフォトグラムを中心に、植物や水、昆虫、ヌードなどをモチーフとした作品を発表している。期待される若手写真家20人展(PARCO)、ヤング・ポートフォリオ(K’MoPA)、’99 EPSON Color Imaging CONTEST、PHILIP MORRIS ART AWARD 2000、TPCCチャレンジなどに入選。写真家として活動するほか、東京造形大学、東京綜合写真専門学校、美学校非常勤講師。写真集「LIFE」Mole刊。

“フォトグラム”とは、カメラを使わずに印画紙の上に直接モノを置き、光を当て、そのシルエットを焼きつける古典的な写真技法ですが、西村陽一郎先生は長年この技法に取り組まれていらっしゃいます。

— 今回はスキャナを使った作品だとうかがいました。

今回の「青い花」はスキャナの上に直接花を置き、カラーネガモードで写しました。光の透過した部分に実際の色とは反転した色が写ります。白い所は光が透過しなかった部分です。

椿の花の作品写真 © Nishimura Youichiro

— フォトグラムの技法とはどのようなきっかけで出会ったのですか?

学校の、写真工房というクラスで、最初の授業がモノクロのフォトグラムだったんです。印画紙の上で自分の手のひらを置いて、引き伸ばし機で露光して、現像液に入れたときにふわ〜っと手のシルエットが浮かび上がったことに感動したのが最初です。

— 写真の授業なのに一番最初にカメラを使わなかったのですか?

写真というのは光を当てて、影を焼きつける。それはカメラを通さないフォトグラムでも、ネガフィルムでも変わらない写真の特質なんです。陰と陽、明暗の二面性が写真ですね。ポジフィルムだとまた違いますけれど。それを実践で体感するためにまず、フォトグラムの授業だったんだと思いますね。

— 学校の授業でフォトグラムに出会ってそこから現在までフォトグラムの制作を続けているのですか?

そうですねえ、数えてみたら27年です。学校ではちゃんとカメラで撮って、フィルム現像をして、ベタ焼きをして。普通のプリントは毎週やっていたんですけれども、フォトグラムは時々ね、どうしても無性にやりたくなる時があるんです。自分に合っているんでしょうかね。いいなあって思うものが出来るんですよ。

— フォトグラムは光の痕跡ですからフィルムと違って複製不可能ですよね?この世に一点しか存在しない。

たしかにフォトグラムはそうですが、ネガから印画紙に引き伸しても、光を写した点でやはりそれ自体はひとつしか存在しないものです。カメラでシャッターを切る時にその場の風景はその時一回きりのものですよね。同じように、良いネガを作ってネガの影を投影し反転するプリントも一期一会です。似たようなものはできるけれど一点ものだという意識です。僕は一枚いいものが出来ると二枚目をプリントしようとは思いませんね。やっぱり一枚目が一番いい。何枚も出来るのは嬉しいんだけど、最初の一枚っていうのは情熱がね、一番入るので。自分はそういうタイプなんだと思います。

写しとる素材はどのように選ばれているんですか?

この桜の花を写すきっかけは、僕が公園のベンチに座っていた時に頭にこつんと桜の花が落ちてきたんです。見上げたら鳥が桜の樹の枝にとまって花の蜜を吸っていたんです。蜜を吸ったあとの花をポイっと落としたものが自分に当ったらしく、あっ、て気がついて。思いがけない出会いというんでしょうかね。そういう出会いで写真のきっかけになったり特別に感じたり。思いがけない出会いってキュンとするじゃないですか(笑)花とか葉っぱは形が面白いから好きですね。

— 素材と出会ってすぐ制作にかかるんですか?

いえいえ!実際制作に取り掛かるまでに2年かかったりとかありますね。やるまでに気になってはいるけれど自分は本当にその素材で表現として制作したいのか考えます。
以前発表した月見草に関しても見るたびに2、3年迷いました。月見草に対して自分がきちんと写真にしてあげられるのかな、とか思うんですね。そうすると簡単に1年経ってしまう。素材に対して、ただいいな、と思っているだけじゃないかとか、中途半端な気持ちで形にしたくないなっていうことですね。写真にすると何かしら写っちゃう。でもやっぱり良い物を作りたいので、その写したい気持ちを確認するんです。ずーっと何年にもわたって写したいな、好きだな、っていう気持ちが続くか、湧き続けるかが自分の中でひとつ大切なところかな。
取りかかるまでは悩むのですが、実際に制作を始めると何も考えなくなります。やりだすと夢中になっちゃって止まらないですね。考えちゃうと僕の写真にならないので無心の方がいいです。集中して半日とか短時間でやりとげちゃう、だらだらしていられない、みたいな。ある意味ライブで作っているので計算するというよりも、素材に”写りに”きてもらっているという感じです。

素材に想いをつのらせて、いっきに制作するのですね。素材ありきですね。

あまりにも自分のわがままで素材に来てもらっているので、写していいものか慎重になります。今回の花は自然というものを自分の世界へ引き寄せてしまう責任もある。だから、撮り終えたむくげの花は路上に戻しに行きました。桜も公園に戻しに行きましたね。傍から見ればただゴミを捨てているみたいになっちゃうんだけど(笑)

−花は命あるものとしてそういう気持ちになるのはとてもよくわかります。過去の作品では植物以外のものも扱ってらっしゃいますが、姿勢は同じでしょうか?

「流点」という作品があるのですが、これは粘着テープでゴミを取るコロコロが素材です。コロコロを買ってはみたけれど初めて使うので最初はどうやるのかわからなかったんです。使ってから恐る恐るめくってみたら、ホコリひとつにしてもね、自分の生活の影というか、これは自分の三畳の空間の堆積物なんだなぁと、自分の日常の別の面をこの粘着テープは写しているんじゃないかと思ったわけです。そうしたら破いたものが綺麗に見えて、とても大切なものに感じたんです。10何枚溜まったところでフォトグラムに写してみようと思いました。そのまま密着させるとあまりに生々しかったので、引き伸し機を使って少しだけ拡大しました。この写真で展覧会を開いたんですが、素材をしばらく捨てられなくて、展覧会が終わっても捨てられませんでした。ずいぶんたってまとめて捨てたのですが、ちょっと心が痛みました。(笑)

右が「流転」。左は「降」というシャボン玉を使ったフォトグラム作品

— 今回、青い花はなぜスキャニングで写そうと思ったのですか?

気に入っていたコダックのメタリックペーパーというカラー印画紙が廃番になってしまって、代わりにインクジェットペーパーのいいものがあったので使ってみました。使っていたものが無くなるという壁にぶつかることによって出来たものですが、あ、これもいいなあって思いました。今回の大きな作品は初めてプリントをラボにお願いしましたが、これはこれで新鮮でした。

— 印画紙へのこだわりは重要なのですね。

素材としての印画紙そのものへの想いもあるんですよ。残ってはいるけれど古くなって普通には使えないような印画紙でも、どうにか工夫して使いたいという想いから作ったこともあります。印画紙にも素材感があってそれが写ったりもします。印画紙は僕にとって特別なものなんです。
僕は、写真集というよりも作ったものを実際に見てもらうのがいいかなと思っています。人にも見てもらいたいけれど、自分でもみてみたいな、と。なので、実物の「青い花」を見ていただけたら嬉しいです。

インタビューを終えて
西村先生のあたたかな眼差しが透けるような、繊細で美しい作品だと感銘しました。反転した色は普段の世界とは違って不思議な魅力です。花の生と死が背中合わせのような浮遊感を感じました。フォトグラムというとモノクロのオブジェ性やシルエットというのがイメージで先行してしまうのですが、「青い花」は光と色の繊細さが感じられました。
Webなどで写真画像を鑑賞できる昨今ですが、光を紙に焼き付けるという写真の基礎に写真的感動の始まりがあることを思いだしました。
ありがとうございました。

取材・文:内野桃
写真:松田真生