ウツヌキの森

2010年7月21日 | category: speaks


あっという間に三ヶ月半が過ぎ去った。
四月に新米の専任教員となって、あっちこっちと右往左往しながら駆けずり回ってるうちに、気がついたらもう夏休みだ。
30年近くフリーランスのカメラマンとして、現場一筋にひたすら自分のテーマを追いかけてきた。ふらふら倒れそうになりながらも、目の前に展開する新たな光景に向かっていつも自転車をこぎ続けてきたような気がする。でもどこかで、そろそろギアチェンジして、「自分の速度」から「未知の新鮮な速度」に触れ、みんなと一緒に自転車をこいでみたいと思い始めていたのかもしれない。
写真家セバスチャン・サルガドが日本にきて写真学生とワークショップした折に言っていた言葉を思い起こす。「若い人とともに写真のことを考えるということは、鏡職人になって鏡を磨くことなんだ」。今ようやく、「鏡を磨く」ということの意味が実感をともなって感じられる。
「未来の写真」そして、「写真の未来」を鏡に映し出すこと・・・こんな楽しいことに向き合っている自分にドキドキしている。

四月、研究室に荷物を運び込んだとき、壁に二枚の写真を飾ることにした。いずれも、私が写真をやり始めた初期に撮ったもので、ふと思い立って25年ぶりに 押し入れから出して持ってきた。一枚は私の初めての写真集「象の耳」からのもので、二体の象の戯れを、もう一枚はアンモナイトの化石を撮ったものだ。

「象」は「像(イメージ)」であり、「造」にも通ずる。38億年の生命の記憶をテーマとした「象の耳」シリーズは、動物の細部を撮りながら、イメージの起源、そして造形の神秘に迫ったものだ。一方、アンモナイトは、造形大学の徽章の元となっている「イオニアスパイラル」を描いている。この写真を撮っているとき、ちょっとした光の変化で中心がこちらに向かって飛び出してくるように見えたり、逆に奥に 凹んでいるように見えたりと、目を凝らすほどに奇妙な感覚に襲われたものだ。象とアンモナイト、この二枚の写真に囲まれて、自分自身の「初心」を忘れることなく、「造形」の中により深く入っていきたいと願う。

私はずっと、東京造形大学のある宇津貫町は、「うつかんちょう」だと思ってきた。けったいな名前だなあと思い調べてみて、ハッとした。「うつぬきちょう」だったのだ。思い込みは恐ろしい。
「宇津貫みどりの会」のホームページを見ると、「宇津貫」の地名の由来について、「ウツ」は山中の獣が通る道、「ヌキ」は山崩れの地形を言うのではないかと推測している。今も鬱蒼とした森や丘陵が残るこの地のことだから、なるほどさもありなんと思えてくる。でも、「ウツヌキ」という地名は、何やら自分が写真を撮るときの気分にピッタリで、うれしくなってくる。「ウツ(空)」を「ヌク(射抜く)」、まさに写真はこれだ!!
サッカーワールドカップの熱戦も終わったが、フォワードの名手のように、的確なポジショニングをキープし、チャンスボールがきたら全身で反応してウツなるゴールに蹴り込むということ、写真の醍醐味もまさにそうした一瞬の光に感応し、シューティングすることにあるのではなかろうか。

研究室から見える「ウツヌキの森」には、今日も光が降り注ぎ、 風がそよぎ渡る。