2015年10月18日 | category: イベント
東京造形大学50周年記念イベント、ZOKEI教育展「和紙のはたらきかけ」無事終了いたしました。
このトークセッションイベントとして、9月26日(土)宮嶋康彦先生による「和紙に転写された私史 – 楮(こうぞ)栽培から写真表現へ」が開催されました。
和紙との出会いについて
奥日光に6年間暮らしていたんですが、そこはフライフィッシングの発祥の地ということもあり、釣りを個人的に楽しんでいました。
昔から甘いものが好きでよく買うんですけれども、あるとき、宇都宮でたい焼きを買って、それを魚みたいに墨を塗って魚拓をとってみたんです。いろんな人に見せたら、これが、結構うけてね(笑)
そのあと、麻布十番にある浪花屋というたい焼き屋で1匹ずつたい焼きを焼いているのを見て「こんな手間をかけて作っているところもあるのか」と、びっくりしたわけです。それから1匹ずつ焼いているたい焼きを「天然物」と勝手に名付けて探し出しては魚拓をとったんです。
この『たい焼きの魚拓』は出版社から本になりましたが、たい焼きの魚拓って意外と難しいんですよ。熱いうちの方が墨ののりがいいとか(笑)そのうち紙の方にもこだわりはじめて、たい焼きの魚拓には、だんぜん雁皮紙という和紙がいい。
でも、なかなかいい和紙が手に入らなかったりして、それなら自分で漉いてしまえばいいじゃないかということで、小川和紙(*1)に和紙の体験工房があって、そことの出会いから和紙を漉く技術を磨いたんです。
東京造形大学は広くて自然がいっぱいあるんだから、楮(こうぞ)を植えればいいのにって思います(笑)。
和紙に写真をプリントすること
楮(こうぞ)を育てるところから和紙づくりをやっていますが、写真を和紙にプリントするために特に気を使っているのは「塵選り(ちりより)」を丁寧に行うことです。つまり余分なゴミを取るということです。
漉いた和紙は薄いですから、プラチナプリントの感光液を塗る時や、現像する時にも大変気を使います。ちょっとのことですぐ破れてしまいますから。
この天井から吊るされた作品では、インクジェットプリントで出力しているんですが、出来上がってから手でくしゃくしゃにしてしまうんです。そうすると和紙独特の風合いが出てくる。この風合いは洋紙では出せないんですよね。
中里教授:たしかに水の中の写真がとても立体的に見えますね。
ここで一度、会場から質問を受け付けます。
質問者:とても薄い和紙を使っているそうですが、なぜこんなに平面にできるんですか?
和紙と付き合っていると和紙の個性がわかってくるんです。現像で液体をかける方法も特殊な方法です。和紙の気持ちに素直に扱ってあげると平面に仕上がってくれるわけです。
あと、今回の展示ではやらなかったんですが、本当は写真に裏打ちをします。これをやらないとやっぱり写真にシワが出てしまいますね。
実は、12×20カメラを使っていることや、プラチナプリントを行っていること、和紙を使っていることをことさら強く言いたくはないんです。自分の思想を作品化しているわけで、古典技法をやりたくて作品を作っているわけではありません。写真を作ることの苦労と作品が切り離されているのが自分としては理想です。
中里教授:ここで特別ゲストをお迎えします。
宮嶋康彦先生の写真をスライド上映しながら、宮嶋康彦作の小説「ターニャ」の朗読とギター演奏をお聴きいただきます。
今回展示作品について
『海に還る舟を見送る』和紙にプラチナプリントを施した作品で、来年には写真集、展覧会を開きたいと考えているシリーズです。いま、誠にささやかな日日のできごとを写し取っています。つまりきわめて個人的な歴史。それは、誕生、怖れ、歓喜、悲哀、欲望、そして死ぬということ。これらこそ普遍なのではないかと考えています。
『溜池』3.11の経験はこれまで撮ってきた写真をすべて白紙に戻さなければならないような出来事でした。住んでいた栃木県日光の美しい風景は、いまでも見ている限りは変わらず美しいのですが、すべて放射線で汚されてしまった。はじめて森の中でガイガーカウンターを使った時は震えました。水の底、溜池の底にもこれら放射性物質は沈んでいる。堆積する放射性物質とは何なのかということを見つめた作品です。
中里教授:自然への畏怖という想いがこの作品からは感じられます。目に見えない放射性物質の放つ近寄りがたさは、自然が持っている脅威そのものとしても読み取れます。それは人が踏み込んではならないカミの領域だとも言えますが、簡単には近寄ることを許さない自然の厳しく美しい側面が、この静かな溜池シリーズの写真コンセプトに繋がっていると思います。
壁面展示の他に写真集もいくつか展示しました。
じゃばら製本の写真集『The Asian monsoon』や『Siberia 1982』です。『The Asian monsoon』では、福岡にある諸富紙工(*2)の和紙を使っています。
製本も凝って弟子入りして学んだりしました。和紙を楮(こうぞ)から作っているように、写真集も手作りで作っていきたいと思っています。手作りだと少部数しか作れないけど、それでいい。たとえば100部を100人の人にきちんと届けられればいいかなと。商業出版では判型や紙の種類に制約が多いんです。自分の自由な発想を表現するには手作りに限ります。
中里教授:いま新たに取り組まれていることはありますか?
いまは世界で一番薄い和紙を作っている高知県のひだか和紙(*3)で何かできないかと考えています。とても良い紙なんです。ここに集まってくださったみなさんも「こんな風に使えるんじゃないか」という提案があれば、ぜひ教えてください。
中里教授:宮嶋先生の多才さに触れられた濃いトークセッションになりました。宮嶋先生、お集まりの皆様、本日は長い時間ありがとうございました。
文中に登場する和紙関連のリンク
(*1)小川和紙
http://ogawawashi.jp/ogawawashi.php
(*1)諸富紙工
http://morotomi.co.jp
(*3)ひだか和紙
http://www.hidakawashi.com
その他、和紙関連リンク
写真撮影:石田宗一郎