写真専攻座談会 座談会メンバー、左から、司会・首藤幹夫、大西成明先生、中里和人先生、柳本尚規先生

写真専攻 座談会

ウェブサイト担当の首藤幹夫です。このたび写真専攻のウェブサイトをリニューアルしました。2013年度の新入生を迎えたこの時期、専任の中里和人先生、大西成明先生、名誉教授である柳本尚規先生にお集りいただきました。

中里
みなさんご入学おめでとうございます。大学での授業やキャンパスライフが始まるにあたって、東京造形大学ってどんなところかな? とか、写真専攻はどんな専攻なのかな? という知りたい事、わからない事がたくさんあるかと思います。新学期の初めに行われる大学や写真専攻のガイダンスとも重なる部分もありますが、4年間の授業見取り図を言われてもなかなか頭には入らないと思うので、迷った時にこのサイトを見て再確認してもらえたらいいなと思っています。
大西
今年度の写真専攻のパンフレットにも載っているフレーズ、”「photo」は光、「graph」は描く道具、その二つを駆使して『光を描く』のがあなた、photographerです。” 造形大学の光と風と樹に包まれた空間は、『光を描く』という言葉のニュアンスがとてもピッタリくるんですね。新入生には、真っ白なキャンバスに光の筆を自在に滑らせて絵を描いていってほしいです。
柳本
新しい学生を迎える時には、改めていろいろ考えさせられます。
40年近く大学にいて、社会の変動、写真の技術的な環境の変化をまの当たりにしてきましたが、じつは写真へのスタンスを変えなきゃいけないと思った記憶があまりないんですよ。それは造形大学の写真専攻のスタンスが、創立時にいらっしゃった大辻清司先生や石元泰博先生たちから引き継がれてきた共通の考えがあって、それは社会変化に左右されるのではなく、時代が変わっても変わらないもの、人の関心や、自分と社会の関係、その意味を考える。つまりは人の根本的なことに向きあうということにあったからではないかなと思うのです。カメラがデジタルになろうが根本的な打撃ではないし、ショックでもない。むしろ新しい方法が出てきた、と楽しめる。ようやく何十年か経って、逆にいま、造形大学の写真はこういうものなんだと教えられている気がします。

風景のゼロ地点

中里
我々は言葉を覚える前に、気になる風景と出会っているんじゃないかと思うんです。その時、視覚的に大事なものをつかんでいるんじゃないかと。まずそこが、視覚的に体験する風景のゼロ地点だと思っています。そこでは、風景はまだ意味を持たないんですよ。大人になった時にもう一度そこに意味づけをしていく。それが、たぶん写真の表現の始まりになっていくんだと思うんですね。
新入生にはちょっと難しい話になっちゃいましたが、各自が持っているバラバラな興味に対して我々は応えたいなと思っています。自分でも憶えてないかもしれない記憶の中に眠っている風景のゼロ地点という視覚体験を気に止めながら、それぞれの興味とか関心に向かって写真的な言葉づかいを研究していきましょう。最初の1年間は基礎トレーニングとして、何で自分は写真をとるのか、どんな写真をおもしろいと思っているのか、一緒にひも解いていきたいなと思っています。
首藤
写真をとっていると、自分でもまったく理由がわからないけど気になってしかたない風景とか、そういうものばかりをとってしまうことってありますよね。

コンタクトプリントのおもしろさ

中里
新入生は最初にモノクロの授業で、自分のとったフィルムを、1枚の印画紙に36コマ焼き付けていくわけです。ようするにインデックスみたいなものですね。この、コンタクトプリントが一番おもしろいと思っていて、その中に、みんなさまざまな写真をとっている。だけど、そこにこそ、その人らしさの方向性がいくつも見えてくるんですよ。感覚やイメージのパターンが現れ出ている。1年生の時には、そこにはまだ気づかないことが多くて、自分の癖や自分らしさに気づくことが、まず表現の入口だと思うんですね。
大半は直感的にとってるんだと思うんだけど、そういう直感の中にこそかけがえのない写真的な言葉づかいが眠っているんです。そのへんが写真を始めるスタートとして一番大事なのかな。それをわかっていくことが、写真をとる自分のアイデンティティそのものになっていくはずです。
柳本
学生のころ、先生にコンタクトプリントを最初に見せるの、ものすごくイヤだったんですよ。自分のつたない部分を見られるみたいで。表現者としてやるようになってからも、自分の思想を見られるみたいですごくイヤだったのね。
首藤
自宅の本棚を見られる恥ずかしさと同じですね。
柳本
そうそう。その恥ずかしいという気持ち。コンタクトプリントには自分のなかの未知の部分がものすごくあるということですね。
中里
自分でもわからない、混沌としているものを見せちゃうから恥ずかしいんですね。でも、そこが写真の可能性であって、右も左も良くわからないながらも、じつは答え的なものがコンタクトプリントの中に潜んでいるんです。それを1年生の授業の中で見つけていって欲しいですね。
大西
コンタクトプリントで、この写真はイイと印をつけたものが、違う視点から組み直してみると全然良くない。逆に、今までダメだと思っていた写真をもう一度拾い起こして組み替えたときに、予想もしなかった相乗効果が働いて新しい世界が出現してくるということがありますよね。写真の良い悪いの判断も、時間とともに揺れ動くものだから、この写真を使ってほしいとむこうから囁いてくるぐらいまで発酵させる。そういうことも大事だと思っています。

エリアスタディ

柳本
話はずれるかもしれないけど、テレビで『三丁目の夕日』という映画を見て、こんなにも過去を類型化して見ちゃうんだなって思った。私たちは歴史を何々時代とか、長い時間を平気でひとくくりにするからね。
もっと後になって正しい歴史、日常生活のディテールがきちんと記憶されていくような、何かのために写真をとる必要は無いんですけれど、日常的に見る時間を豊かに楽しむときにそのことも含めて記憶力との戦い、眼に刻み込んでいくというつもりで、とるための勉強の仕方が必要じゃないかなって思ってきてるんです。幸いなことに写真を勉強するひとつの指標軸として、エリアスタディというものができましたでしょ。記憶との戦いというか、新たな写真の勉強の旗印として広がっていくと嬉しいなって思っています。
中里
エリアスタディは3年生になって取る研究指標科目の授業で、これは他の大学の写真の授業には見られないユニークな授業です。大学で学んだ写真表現が、もっと地域の活性化や新しいまちづくりに活かしていける時代にきていると思うんですね。現在、地方の町で頑張っている先輩もいて、行政だとか町おこしとかで活躍し始めています。そのときに、写真というものがどういうふうに地域のなかで活かせるのか、また使えるのかということも授業のなかで考えていくのがエリアスタディなんです。
(エリアスタディなど授業の詳細はこちらへ)

社会のなかの写真

大西
写真の仕事というのは、これからは発見していかないといけない時代じゃないかなと思うんですね。新しい写真活動を見つけていくことは、むしろ今がチャンスだととらえてほしい。
中里
そうですね、写真を使う場面っていっぱいあると思います。カメラがデジタル化して、写真を取りまく状況は激しく変化していますが、写真は重要なメディアとしてあり続けると思っています。だから、この大学の写真専攻で学んだ学びのプロセスや新しい物の見方が、新たな価値やシステムが必要とされる社会にとって、重要な役割を担うものだと予見しています。具体的にうまく写真がとれるということも、写真専攻を出たことの証しでもあるけど、大学時代に自分にとってかけがえのないものを見つけられたとしたら、そっちの方が財産になると思うし、大学を出た後もずっと精神の支えになっていくのだと思う。そういうものを4年間のなかで、一緒に見つける作業をアシストできればなって思っています。
柳本
長く写真専攻に携わってきたなかでの良い思い出は、職業の分布がひじょうに多岐に渡っているということですね。それも直接的に写真に携わるだけじゃなくて、普通の社会のなか、生活のなかに潜り込んで、結果的に写真を上手に使っている。お母さんになっても、専業主婦になってもいいんですけど、絵の教室のように写真を教える人がいたり、そういう広がりがあることがとっても嬉しいな、という気がしていますね。
中里
造形大学の特色として、授業の横断性という他専攻の授業をいくつかとることができるシステムがあるんですね。
たとえば、卒業生で、肩書きは企業のウェブデザイナーだけど、デザインも取材もカメラも、と、多岐に渡ってやっている人がいます。そんなふうに企業や社会の中で創造性を発揮して、新しい提案を進言していける総合力こそが造形大学で学べる大事な点じゃないかと。
そういう他専攻の専門性に触れた経験が、ゆくゆくは社会に出たときに「あ、これとこれが結びつくんだ」という科学反応を起こしやすい環境が造形大学にはありますね。
首藤
去年、OBサミットというイベントを行って、いろんな仕事をしているOBの話を聞いて、リアルに感じましたね。カメラマンになっている人、古本屋さんに勤めてそこで写真を見出していく仕事をしている人など、ひじょうに幅広いですね。
中里
OBサミットは今年もまたやります。写真はもちろんのこと、写真以外にも社会で活躍する世界はたくさんあるという実例を、OBから感じてほしい。そして、在学生とOBが縦のラインでつながっていってほしいですね。
大西
他の専攻の友だちとの付き合いのほうが多いという話しを聞く事がありますね。テキスタイルの友だちが作った服や、インダストリアルデザインの友だちの作った照明器具などを、スタジオで知恵を出し合って一生懸命とったり、具体的な作業のなかでほかの専攻領域の様子が体験できる。そのへんがこれから何をやっていくかということを、広い視野で自分の将来を探っていけるという造形ならではの利点があると思いますね。

アーカイブズ

柳本
人間というのは古いものを集めたりする博物館とか資料館とか作るの大好きですよね。過ぎ去ったものを慌てて集めることに関しては一生懸命になって研究する。だけど、いまのものに関してはひじょうに疎かにしますよね。これだけの歴史のなかでそれがうまく出来なかったということは、実際できない理由があるのかもしれないけれど、アプローチかけてみたいなって思いますね、現代をちゃんと見るってことにですね。
中里
最近、活版や活字のようにパソコンのフォントにない書体でのデザインが見直されたり、手作りの小さなフォトブックであるZINEなんかを造っていく人たちが増えていたり、古い家をリノベーションしていくとか、時代がある意味最先端なものにアレルギー反応を起こしているような状況が生まれてきてますよね。
柳本
そうですね。たとえば、アーカイブズという言葉は「いま必要じゃないか? 」と、考え始めた10年前にはほとんど専門的にしか使われなかった。でもこの3年くらいで、どこに行ってもアーカイブズという言葉が出てくる。ということはあと3年くらいするとこの言葉は消えるかもしれないですね。このように最先端っていうのは結構変わってくるものですね。
それに比べると写真をとることや、写真に携わる、また、写真を見るということは極めて基本的で原理的なことです。何が一番変わっているのか、また、自分たちの一番変わらないものは何か、ということを冷静に見つめる立場でもあり得るんだってこと。それは、たえず傍観者というか芸術から一歩引いた立場で見ていることですから、自分のやるべきことを実感していけるんじゃないかな。

写真専攻の4年間の流れ

中里
新入生はあまり難しいことを考えずに、うまいとか下手とかではなくて気になることにカメラを向けていく事です。非常に漠然としていて、何をとっていいのかよくわからないという人もいるかもしれないけど、それでいいんです。カメラもって町に出たり、何かとろうという気持ちになれば何かがそこに写り込んできちゃうんで、そこからが始まりだと思います。
その後から、写真とは何なのかとか、写真的な言葉づかいとは何なのかを、1年生から2年生前期くらいまで基礎トレーニングしていってもらいたい。その後、2年生から徐々に専門的な授業が展開され、3年生で専門性が高まっていくので、4年間の流れで写真の次への展開を考えていくといいんじゃないかな。そして、人と比べるより、内面にある自身の声や感覚に忠実になってほしいと思っています。どのようにとるのかの前に、何故とるのか、何をとろうとしているのかを大事にしていくのが、造形大学の写真の基本です。
大西
4年間で自分にとって本当に大事な情報、価値ある情報を集めてきて、ゆっくりと時間をかけて編んでいく、編集していく、そういう作業に時間を投資して欲しいと思いますね。
柳本
昔っていうと曖昧だけど、かつての学生は、町を上手に使っていたような気がするんですね。今はこんなに社会装置が豊かに充実しているのに、反比例してそれを使わなくなってきていると思う。だから、決して大学に閉じこもらないでほしいですね。外に出てほしいと思うし、外を歩くのはすごく楽しいことなんだと思うのね。町歩きのススメというか外を見るススメをしたいですね。
中里
写真って、撮られた1枚の絵柄からはよく分からなくても、似たような感覚の写真が20枚、30枚と集まってきたときに、写真の言葉としての山が立ち上がってきます。量が質に変身していくんですが、そこら辺からが写真表現の始まりなんですね。そこに、4年間の時間をかけてたどり着いて欲しいんです。それは、誰もが持っている自分らしい感覚を鮮明にさせていくこと。周りの人や社会的な流行写真も気になるかと思いますが、焦らずに1年1年ステップアップしていけば、誰もが面白い表現を作り出せると思っています。そのあたりのことを大切にしながら、みなさんと一緒に話し、作り、見ていこうと考えています。
柳本
ガイダンスやオリエンテーションの期間に、当該年度の時間を埋めることだけじゃなくて、あとからまた変わってくるかもしれないけど、最初に4年間の学習計画というのをしっかりつくってみる。そのために、先生たちにいっぱい相談したらいいと思うんですね。すぐにはとれないような授業があっても、それに向かった下準備のような形の選択をしてくことができるかもしれないね。

収録:2013年3月21日
構成:首藤幹夫