RE-RECORDING(1)

2011年10月31日 | category: speaks


バーバラ・キャステン 「構築される『ニューウェーブ』の欲望」 柳本尚規

日本ではあまり関心を持たれなかったが、ニューウェーブの流れはアメリカにあって60年代以来、「コンテンポラリー・フォトグラフィー」の「撮る」写真と「作る」写真の両輪の片方として連綿と続いてき、コンストラクテッド・フォトグラフイーもその流れの中のこんにち目下最先端にある傾向の一つだ。

バーバラ・キャステンは、「ニューウェーブ」といわれる傾向のなかでも、さらに「コンストラクテッド・フォトグラフィー」の代表的写真家として知られている。

「コンストラクテッド・フォトグラフィー」では他にも、S・スコグラントやC・シャーマンといった、いずれも女流の写真家が知られているが、現実を写すことから離れて虚構の世界を撮るという共通点はあるものの、キャステンの作品はこの二人にくらぺても、きわだって抽象的である。

キャステンはまたアティチュードな写真家だという言われ方もする。写真家が写真の歴史に十分に通じた最初の世代になったのが60年代で、この歴史に通じた最初の世代が、「アティチュード」と呼ばれる新しい表現様式をもたらした。「アティチュード」というのは、俗な意味として、頭の切れるとか博学であるとか、しかしそんなことをひけらかさないという感じを込めた言葉なのだそうだが、それはまた過去の表現様式や作品を観察する能力をもさす。キャステンのロシア構成主義やバウハウスの思潮へ寄せた作品の質が、そんなふうに呼ばれることになっているのだ。

ところで、キャステンは1936年にシカゴに生まれた。そして1959年にアリゾナ大学を卒業、テキスタイルの仕事についたが、1970年にオークランドにあるカリフォルニア工芸美術大学に入り、美術一般さらにバウハウスの方法を学んだ。71年に最初の個展を開いたが、このときの作品がモホリ=ナギによって生み出された「フォトグラム」(印画紙の上に直接物を置いたりして、物の影を写し取る方法)だった。

モホリ=ナギは1919年、ドイツで開校した建築・美術・写真・エ芸など造形全般にわたった学校「バウハウス」のイデオローグの一人だった。後年ナギはアメリカに渡って、シカゴにニューバウハウスを開。

キャステンはとりわけこのナギの、三次元のオブジェの影を映し出すフォトグラムにも象徴される、光に対するコンセプトに共感した。そしてまた、「空間モデュレーター」と命名された構成作品に共感した。そしてフォトグラム作品を手掛けるうちに、「しかしそれはいつも抽象的になり、幾何学的になり、そして絵画的になることが不満だった。もっと立体的で現実の形を欲しくなって」ゆくのである。

幾何学的構成作品の記録のために使い始めたのが4×5インチサイズのポラロイドフィルムだった。しかし間もなく、写真はキャステンの作品作りの発想源としてなくてはならないものとなった。キャステンが大型の20×24インチサイズのポラロイドカメラや8×10のビューカメラを使うようになるのは1979年のことだった。そしてこの大型カメラによる作品が、脚光を浴びるのが、1982年のニューヨークで開いた個展である。

キャステンはブラスティッタや石膏などさまざまな素材を使って形あるものを作るが、中でも特に重要なのが鏡である。鏡は冷たい空間を作り出すが、一方で迷宮へとイメージを誘う入口であって、キャステンの作品にそこはかとない甘さをたたえることとなるキー・ワードである。

さまぎまなフィルターを通過した照明光は石膏や鏡の無彩色の立体を彩り、モホリ=ナギの空間モデュレーターの世界を再現する。

興味深いのは時代を隔てて再現されるコンセプトの内容である。ナギのには、機械時代への賛歌と合理性を求める精神がみなぎり、しかし一方で時代がもたらすペシミステイックな心情が反映している。しかしキャステンのにはそれがない。遊びの感覚が濃密である。

1986年に東京で開かれた個展で、私はいっそうこのことを印象づけられたことだ。そして、こうした過去の表現様式や作品を、機知やパロディの感覚で観察し、過去の表現への郷愁の身振りとともに表すこと、これこそがアティチュードな感覚の典型であるといえるのだろうと思ったものだ。

しかしそれにしてもキャステンのこだわりはますますエスカレートしているように見える。例えば、ホイットニー・ミュージアムを舞台にした制作において、彼女は8人のスタッフと10時間余の時間をかけて一つのイメージを撮りおさめた。巨大な三角の鏡が天井の光を映し出し、フィルターをまとった光がそれにまつわりつき、その関係を決定するまでにおよそ5時間。この情熱には、過去の表現を自己流に再演することが一義的となった、ということはつまり表現様式そのものを写真の内容の要素と見なす「ニューウェーブ」の確信がうかがえる。

キャステンの欲望はさらにひろがる。彼女はいま、より大きなスケールのオプティカル・ファンタジーの演出がしたい、という。

(「すばる」1989年9月号所収)